この日のコンサートマスターは篠崎史紀さん。定期公演の舞台にあがるのはこの公演が最後で、これでもって役職を退任、オーケストラを退団、とのこと。
プログラム冊子1より、退任にあたってのメッセージです
音楽の真髄は「再生と伝承」です。各々の演奏会で数多くのドラマを生み出してきた音楽は、人類が創造した最高のコミュニケーションツールだと感じています。
私自身も次世代のため「良き地球人」を目指し、みなさまと一緒にこのN響を応援していきたいとおもいます。
演目はストラヴィンスキーによる組曲「プルチネッラ」とブラームス「交響曲第1番」です。なにがこのふたりを結びつけるか? 過去にすでに発生したこと、すでに存在しているものに拘泥することによって、まだ存在しないものへと地平を押し広げたことがそうであるとプログラム・ノートは語っています。徒手空拳で創造にあたらないこと。
ストラヴィンスキーの「プルチネッラ」は、十八世紀のナポリの音楽家ペルゴレージのスコアを土台に編曲をこころざした作品。ペルゴレージはモーツァルトの先達、市民的オペラの開拓者のひとり。ストラヴィンスキーは彼のビジネスパートナーの実業的関心からこの作曲家の蘇演に一肌脱ぐことになる。
バロック音楽のテイストが保存されていて、ストラヴィンスキーが「春の祭典」はじめでみせた獰猛さはない。歌心に満ちている。奇妙なハーモニーがそこここに忍ばされていて、偽装された古典であることは、訓練された耳にはわかるとのこと。古い民謡のメロディとリズムを飽きずに聴いていられるのは、モダニストばりの工夫あってのものかともおもう。
実業家がイタリアから調達してきたペルゴレージのスコアにもとづいてストラヴィンスキーは古典を偽装した。現代ではしかし、この作品の素材となったスコアのほとんどがペルゴレージに帰属しないことも明らかになっているようだ。オランダ貴族がイタリア風に書いたスコアが紛れこんでいた。また、当時の古楽研究者が擬古典主義で書いたスコアが紛れこんでいた。著作権が商売になるより昔のことだ。
オーケストラは、バイオリンが十人、パーカッションは不在の小さな形態でステージにあがる。篠崎史紀さんはのびのびとバイオリンのソロをとった。チェロの独奏には辻本玲さんがみえた。オーボエが導入になってはじまる第二曲「セレナータ」と第六曲「ガヴォッタ」はいずれもすばらしい風流だった。第五曲「トッカータ」はトランペットソロが主題を提示して、管楽器たちがそれに付かず離れず伴奏するのを弦楽器がそれとなく支える小さな秀作。総じて、室内楽風のたのしみが満ちていた。ぼくはおおいに気にいった。
プログラムの後半はブラームスで、交響曲の第1番。プログラム・ノートは、ブラームスの没した1897年をこう素描する。街にはベンツのガソリン自動車、家には電話と蓄音機、オリエント急行でパリからイスタンブルまで小旅行。音楽家といえば、ワグナーとブルックナーは全作品が出揃っていたし、新しい世代はマーラー、リヒャルト・シュトラウス、ドビュッシー、シェーンベルクがしのぎを削っていた。
そういう面々とブラームスは同じ時代に属していたということ。交響詩よりも交響曲に向かっていったこと。過去、古典へのこだわり。都会的になりきれない田舎者の頑固さ。凡才といえば凡才、しかし徹底した凡才だ。
ソヒエフさんは独特なエネルギーを振りまく動きを指揮にあらわした。推進力がおもわず爆発してしまわないように、底をじわじわ持ち上げる。弱火でふつふつと煮立たせて、いまにもふきこぼれてしまいそう、というところでも手綱を手放さない。いつでも暴れかねない、爆発しそうな心を自分でなだめながら音楽を統御する、というような。禁欲と情熱の両方がみえた。
この交響曲は高校生のときに録音を聴いた。そのころ古典への興味は弱かった。例外的に聴いていたのがバッハとブラームスだったかとおもう。大学にはいって、大学オーケストラの最初の定期演奏会でブラームスの第一番をやった。たしか杉並公会堂に聴きにいった。
それなりに聴き慣れた音楽であるはず。それなのに、第二楽章はまるではじめてきくように新鮮に響いた。第四楽章も、こんなに二転三転するムードがあったかしらと濃密におもった。演奏時間をみれば巨大とはいえない交響曲であるけれども、密度はすさまじいものがある。なにを述べるかということ以上に、なにを述べないかということが強い主張であるのだとおもう。
終演のあと、ソヒエフさんは篠崎さんをまずおおいに労う身振りをした。固い握手をした。観客席やカメラに向けたパフォーマンスという気はしなかった。各セクションにもオベーションが送られる。一貫性のあるオーボエを披露してこの日のベストプレイヤーであったに違いない演奏家は、吉村結実さんというらしい。ホールを出るときに、おしゃべり好きそうなおじさんが名前をあげて褒めていたのを聞いた。
カーテンコールが繰り返されたあと、舞台袖からソヒエフさんと篠崎さんがふたりあらわれて、最後にもういちど拍手をうけた。篠崎さんはいつもであれば指揮者を立てて一歩うしろにいるのだろう。この日もそうした立ち位置にいたが、ソヒエフさんが「きょうばかりはあなたを前に立てさせていただきます」と言わんばかりの低姿勢で引き立てるのがみえた。篠崎さんは悠然とお辞儀をなさった。