金曜日の夜にNHKホールへ。この冬いちばんつよい寒波のなかバイクを出した。

名曲コンサートの様相。とはいえ「有名作曲家の有名タイトルの入門・復習」というのではなくて、いちど聞いてすぐにわかるポップな旋律、しかし誰のどんな作品であるかはわからない、というのを教えるプログラムになっている。19世紀のウィーンとパリのオペレッタを紹介して、そのころのサブカルチャーを教育するようだ。ちょうど浮世絵に脚光を当てなおすように、当時のサブカルチャーをこんにちのハイカルチャーの解釈をとおして聞かせる。

フランツ・フォン・スッペはオーストリア帝国の、現在のクロアチアでうまれた。ウィーンの劇場に楽長として勤めて、オッフェンバックがパリで流行させたオペレッタの潮流にじかに乗り込む形で、芝居のためのメロドラマ風の音楽をウィーンの街にむけて与えた。この日のプログラムはふたつのオペレッタ「軽騎兵」「詩人と農夫」より序曲をひとつずつ。いずれも短い作品のなかに、おいしい演出がめくるめく散りばめられている。縁起のよい無礼講の感覚があって、新年のコンサートを思い出させるところにウィーンのエッセンスがあるようにも。「軽騎兵」序曲ではトランペットが、「詩人と農夫」はチェロ独奏が活躍した。

サン・サーンスの「ヴァイオリン協奏曲」は、サラサーテというバイオリニストのために書かれた。サラサーテは「ツィゴイネルワイゼン」を自作自演した名手だという。ぼくは無知につき「ふむ、あのサラサーテ」とはならずに、このときはじめて名前をおぼえた。ソリストは三浦文彰さん。彼とぼくとは同級生のようだ。大河ドラマの「真田丸」のテーマ曲でソロをとったというが、これもすぐに旋律と音色を想起することができない。空気のように音を享受しておいていかにも耳を閉ざしていたことがわかってしまって、情けないこと。それを埋め合わせる意図はなくして、三浦さんのこの日のパフォーマンスは極上とおもった。とくに第二楽章。こする音は傷ついて叫ぶ声のよう。ものおもいのなかに孤独を隠した。

オッフェンバックのバレエ音楽「パリの喜び」は、19世紀の作曲家のカタログを20世紀の指揮者マニュエル・ロザンタールが自由に組み合わせてアレンジした、名曲メドレーの形式にはじめからなっている。そこからさらに抜粋によって提示する。新鮮なあたらしさで満ちていることはなく、かつて流行していまでは失われた流行を回顧する音がたしかにしている。そのなかによく耳をかたむけると、限定的な形式と技術にたちむかって創造力をたたかわせていたことがわかるのがいい。気軽にきくことを自由にゆるしながら、密度の高い作品と演奏だったようだ。

指揮台に立ったのは下野竜也さん。教育番組でおみかけしたことがある印象に沿って、この日は間口は広く、奥行きは遠いプログラムで教育をあたえてよこしてくれた。カーテンコールでは拍手に酔わずにあっさりとした足つきだった。すべてのパートに拍手をうながして、弦楽器のセクションもひとくくりにしないで、丁寧に称賛をもとめた。それでいて、自分への拍手はそこそこに、舞台袖にいそいそと引き上げて、それも人柄のあらわれかと想像させた。

帰り道はいつもの渋滞。富ヶ谷から山手通りを通って早稲田通りにはいると、あのゲリラ豪雨の日にしていた工事をまだやっていて、信号が青になるたびに二台ずつしか通さないやりかたを反復していた。夜にこの道にくると詰まるというのをおぼえた。