日曜日の午後に新国立劇場でモーツァルトの「フィガロの結婚」の全曲上演をみた。

新国立劇場オペラストゥディオというのは、オペラ研修所ともよばれていて、前途有望な歌手たちに三年間の研修を提供するプログラムのことのようだ。この日は第25期の研修生にとっての修了公演とのこと。三年のあいだに歌唱・演技・外国語のトレーニングをみっちり受けるようだ。

各期五名ほどの研修生のプロフィールを拝読すると、音楽大学や大学院で声楽の訓練を受けたのはあたりまえとして、きらびやかな業績も携えてある。ごくひと握りの才能をさらに伸ばして国際的なキャリアに磨きあげる三年間のプログラムの掉尾を飾る公演ということのようだ。ぼくはなにかの機会にたまたまフライヤーをみて、単にモーツァルトの上演をみられる機会とおもっておとずれたけれども、前途を広くひらいて明るい趣旨の公演だった。

三連休の週末の三日間の公演をダブルキャストで切り回している。日曜日の公演はアルマヴィーヴァ伯爵フィガロ、スザンナの3つの主要ロールを研修生が占めた。伯爵夫人、ケルビーノ、マルチェッリーナ、バルトロといったあたりには、研修所の修了生にしていまでは国際的な舞台で活躍するかたがたが賛助というクレジットつきで出演している。

ケルビーノは男装した女性歌手がになう少年の役で、しかも劇中で女装されられる少年だ。上背があって手足ながく、思春期の恋心に揺れる不器用な少年の姿をコミカルに演じたのは大城みなみさん。賛助出演とあるが、第24期の修了生ということで、つい昨年にプログラムを終えたばかりという計算をすると、若手ということになるだろうか。しかしそれで色眼鏡をかけさせないすばらしい歌唱と演技でした。

伯爵夫人は、厳しい役名に比べて繊細な人物像をもっていて、軽薄で浮気者の権力者を夫にもつひとの陰鬱さと、それにへこたれない快活さの両方をになっている。吉田珠代さんは第6期の修了生で、これは賛助出演のメンバーのなかではいちばん小さい数字だ。乱暴な伯爵の前でちいさく反発する夫人は堂々としすぎない演技がふさわしいものだとみえて、精神的成熟をかいま見せるのは控えめにしながら、アリアを歌えばさすがの技量は圧巻であるさまをみせてくださった。

スザンナはフィガロの婚約者にして、性的支配をねらう伯爵が虎視眈々とみつめるのをかろうじて退けて一矢報いようとする役。冨永春菜さんは現役研修生で、この日の公演で卒業となるようす。叙唱に安定が感じられてすばらしく、ユーモラスな所作も狙い通りにはまっていたよう。演技においても歌唱においても申し分ないことが、研修生に要求する水準を極めてたかく設けるプログラムの強度を感じさせた。

フィガロと伯爵はそれぞれ、第27期の小野田佳祐さんと第26期の中尾奎五さん。いうなれば、一年生と二年生にして甲子園大会のレギュラー入りというような趣をもってみた。女性ロールのしたたかさが充実した台本のなかで男性ロールはいくぶん押され気味の様子。そうして引き立て役のロールであっても立派に勤めあげてお見事でした。

オペラパレスよりもひとまわり小さな中劇場はほとんど満席。客席の中段あたりに舞台を真正面からみられる席がとれて、たいへん観やすかった。オーケストラはザ・オペラ・バンドという非常設の楽団のようで、メンバー表は探してもどこにもみえなかった。クラリネットに伊藤圭さんがおられるようにみえた。