もう五年以上も活動停止していたみずほ銀行の口座があった。
ぜんぜん使いもしないのにまるでもっと使ってくれみたいな勢いで新しいクレジットカードが送りつけられてくる。そのときに住所変更ができてないと古い住所にクレジットカードがいちど飛び出していく。郵便局の転送手続きがちゃんと機能していればちゃんと新しい住所に届いてくれるけれども、なんて脆弱な経路で運ばれてくるんだろうと驚愕した。使わない口座は解約しようというのは、そういうわけで必要な心がけらしい。
お昼休みの時間に店舗にいって、まあ一時間あればおわるかしらとのぞんだ。窓口での手続きをするのにオンライン予約をしてあると便利ですというけれども、予約をとれるのは三営業日先からで、いま思い立ってやろうというときに興が削がれる。この前くだらない住所変更をしにきたときに、予約をしたところで手続きの時間は待たされたわけで、のろいのはのろいのだから晴れているうちに済ませておこうというもの。
長く重い頭髪を脂でギットリとさせて、妙ちきりんなオーバーサイズのハッピをきてやってきた50くらいの男性があった。受付の女性におい! と頭ごなしに呼びかけて、おまちくださいねとうながされているのに別の女性客が手続きをしているところを妙に馴れ馴れしくうしろからのぞき見して、お客様は旦那様でいらっしゃいますか、と受付のひとがたずねると、いやあ? 違うけど、と開き直ってまったく手に負えなくなっている。ベタベタの髪の毛のせいで妙ちきりんな身なりもあんまり清潔とはおもえない。さっきからおれは待ってるのになにもしないのはお前らじゃないかよ! と怒鳴りちらして、まったくひどいありさまだった。人間の形をした不愉快がただ歩いているだけでなく常軌を逸した大騒ぎをしていて、目をつむるみたいに耳をとじることができればいいのにと願った。行員さんがたには気の毒ながらぼくは関わりあいにならなくてよかったけれども、隣人がモンスターであるのは当然にありえることと受け入れなければいけない不安を思い出させる嫌なできごとではあった。
口座を閉じるのはたいした待ち時間もなく、キャッシュカードの暗証番号を二回か三回入力して、それでぜんぶ終わった。印鑑はいらなかった。通帳に無効印を押されて、キャッシュカードに切り込みをいれて、それでぜんぶだった。
こちらの口座の解約でおまちがいありませんこと、と見せられる口座の詳細には渋谷中央支店とあった。勤め先という欄には母校の名前が書いてあった。そうそう、これは大学生のとき、五反田の会社にプログラマとして雇われて、給料を払うのにみずほ銀行の口座を作ってこいといわれて作ったのだった。
その会社をはじめた人間は次世代を担うカリスマ若手起業家とメディアに取り上げられていて、ソーシャルメディアにレシピ動画を投稿して流行らせるやりくちもそのころはみんなが新しいビジネスモデルだとありがたがっていた。インターンを募集しているのに応募したら受かってしまって、みんながいいなあというからきっといいんだろうとおもってやってみたけど、もともと前のアルバイト先より低くなった給料は最初の一ヶ月でさらに減らされて、次の一ヶ月でぼくはやめてしまった。あんまりやりがいの感じられない仕事だった。このみずほの口座を作った目的は二ヶ月でゼロになった。
その次にみつけた仕事も、そのさらに次も、下手なりにいろんなことを考えてまあまあうまくやれた。素晴らしい環境とみんながいっていた会社を二ヶ月で辞めてしまったときはちょっと落ちこんでいたけど、まあそのあともなんとかやってこられたなというのを甘さと苦さの両方でおもいだした。
そのときはぼく自身の能力不足と自覚していた。同僚はみな立派で一人前のプログラマとして仰ぎ見る気持ちでいて、このひとたちのサークルにはいることのできなかったぼくには才能がないのだと落ちこみもした。いまおもえばたぶん、同僚はよくも悪くも平凡に過ぎなかった。みな等しく経験不足で、ユーモア不足だったとおもう。うん、ユーモアがないのが嫌だったなあとおもう。そのときはそういう目でみられてはいなかったけれど、ユーモアの欠如こそぼくにとって大問題だった気がいまならする。経営者はユーモラスだったけれど、カリスマだからユーモアが許されると奇妙な建前になっていたかも。
古いことをしんみりとおもいだすのは、いまもまたちょっと落ちこみにはいっていることのあらわれなのかもしれない。落ちこんでいるけれど、すこしうまくいった過去のことをおもいだして、こんどもうまくいくといいなと自分を励まそうとしているようだ。ユーモアはいまも足りていないよなとおもいはするけれども。