ひどくコンディションのわるい日だった。急に暑く蒸した。日差しは弱いのにげっそり気力を奪う暑さだ。

一週間。頭のおかしな一週間だった。なにがトリガーだったのかわからない。おもいきり仕事にのめりこんでいた。そうしたくないときにまで頭のなかのアイデアのざわめきが止まらなかった。いくらか病的だった。すこぶる嫌だった。たのむから静かにしてくれ、と頭のなかの声に望んだ。腫れ物に触って悪くするのが怖かった。黙って嵐が去るのを待とうとして耐えた。苦しさがあった。

気晴らしをもたないでいちにちを過ごした。バイクで出かけて気晴らしにするか、すこし歩いて気晴らしにするか。歩くほうを選んだ。それで、見た目よりも暑くて蒸した天気にさらされた。駅も電車も湿っていた。数駅乗り継ぐだけのことに乗り物酔いにならずにいられなかった。げっそりしながらサントリーホールにたどりついた。冷たいお茶を飲んだ。コーラのちいさい缶も飲んだ。脳が過負荷のシグナルをあげているのがわかった。席についてすこし目をつむった。

演奏会はモダニズム以降のレパートリーを組んであった。前半にストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」で、後半にブリテンの「ピアノ協奏曲」そしてプロコフィエフの交響組曲「三つのオレンジへの恋」。知的な自覚をもって改革にとりくんだ作曲家の仕事だったとおもう。ヴィオラのソロがよく聴こえた。トランペットも。はじめの二曲はピアノ奏者のクレジットをともなっていた。松田華音さんが「ペトルーシュカ」を弾くやりかたはきびきびと身体に刻ませて縦のリズムだった。ベンジャミン・グローブナーさんが「ピアノ協奏曲」を弾くやりかたは、はじめビバップのにおいがして注意をひいたあと、かならずしもそれがふさわしい見立てではなかったと知らされた。ちいさくなった頭にとっては雲をつかむような音楽だった。

汗で身体が湿ったまま乾かなかった。コンディションがすこぶる悪いのを自覚した。好きでタバコを吸おうとして、かえってムカムカがこみ上げるときみたいに。悪いものばかり食べてもう胃がなにも受け付けなくなったみたいに。悪寒がした。くしゃみもでた。わざわざ歩いて電車に乗ろうなんていうのがいちばん間抜けだった。ぐったり帰って暑い肌着を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。それだけで悪寒は肩から落ちて楽になった。はじめから涼しくしてバイクに乗っておけばよかった。

東京。ばかばかしい。暗澹とさせる。原宿でおりてNHKホールまで、感情を殺して歩けば歩ける。しかし体調がよければのこと。サントリーホールは溜池にある。これはもっとひどい。メトロはひどい。地下に閉じ込めるのはひどい。よくなるきざしもない。

幕藩体制の心がけを更新できないままになっているみたいなところがこのシティの特異点になっていて、世界の大都市といっても封建のおままごととしていつか振り返ることしかできなさそうだ。それは所与のもので、あらためもあきらめもいたしようもない。とはいえ、その特異であることがみえなくなることこそなにより貧しいもののようだ。