新潟の上越、妙高、それから長野の信濃町に旅行におとずれた。

帰国中のパートナーをねぎらって旅行をプレゼントしたいとおもったときに、混雑をはなれてさっぱりリラックスできる場所はどこかしらと目星をつけた。ここはいかがですか、と人工知能が適当におしえてくれたもののうち、あまり目立たなくいったこともない場所を選んでみた。それが妙高高原だった。長野と新潟の県境にあって、北陸新幹線とレンタカーを乗り継いでいける。

新幹線で東京駅から上越妙高駅まで一本でいく。はじめて乗る北陸新幹線はずいぶん混んでいるという印象だったのが、ビジネスマンっぽい風情のひとらは高崎駅でほとんど降りてその先はかなり空席ばかりだった。平日だから観光客がそんなに乗っていないというのを差し引いて、仕事の出張のひとだけながめても、関東は関東、その先はその先、というぐあいの境界がある気配がした。

上越妙高でレンタカーを借りたら、上越市内、海のほうにいってみる。市内の暑さはあまり変わらないようす。天ぷらやさんの「若杉」でランチの定食をたべる。カウンター席に座らされて、板前さんが目の前でひとつずつ揚げたあつあつのをいただいて、最後にはかき揚げをミニ天丼みたいにするサービスもしてもらった。

海沿いに「うみがたり」という水族館があるのをおとずれて、イルカショーをみる。ゴマフアザラシをみる。コブダイ、マゼランペンギン、サクラダンゴウオ、などをみる。大水槽のさかなたちを指さして、背びれのところの皮膚に病気があって気の毒だとおしえてもらう。ゴマフアザラシの長老は四十歳で、あまり泳がずにずっと日向ぼっこをして昼寝をしているのがおじいさんアザラシかなと話す。

二泊する宿は、上越市内から車をはしらせて三十分くらいの新赤倉温泉地区にある「旅館おかやま」です。スキー場のための宿泊街という感じでもあるけれども、湯の華が舞う立派な温泉がある。ごはんとなると、ズワイガニ、アスパラガスのカツ、サワラの西京焼き、和牛の鍋、などが、いちいちそれひとつで定食のメインを占めるくらいに重厚な量で出していただけて、これは本格的なスキーヤーが豊富な運動をこなしたあとに食べるアスリートの食事だといいながら食べる。運動不足のわれわれはお腹をはちきれさせるくらい食べて、食後に散歩しようにもまわりは暗い山のなかだから、部屋のなかで堂々巡りの歩行をする。

二日目は妙高山麓のジグザグ道を車で登坂していく。天気が大崩れしなかったから、高原のなかをあるいて見回ってみようというもの。清水のわく泉があるというのでそこを目指していくにもどこに車をおいてどう歩いたものか見失って、放牧中の牛たちが優雅にだらだら過ごしているのを見つめた。

県民の森から歩けば泉にいけるようだとあとでわかって、保養のためにゆるやかなウォーキングをうながす「クアオルト」とかいうコンセプトを実践するための場所になっているそのトレイル道をあるいた。その道の途中にある泉は自然のなかに人の手がすこしだけ介入して均衡している。黒澤明の『隠し砦の三悪人』にこんな泉が映されていたとおもった。冷たい水は豊かに湧き出して、かざした水筒を二秒で満たした。ハンカチを濡らして絞って首にあてたら身体の熱気が抜けていくのがわかった。

さっきまで晴れていた空に厚い雲がもこもことあらわれてきて、いつ降り出すかわからないからあまり深入りせずにおきましょうかと話して、野山を歩くのは泉にやってきた道を引き返すだけにする。乙見湖というダム湖のところにすこし休めるスペースがあるのに寄る。

外はきわめて快適で涼しい風が吹いているというわけでもないけれども、外にいても死ぬほど暑くて死にそうになることはなくて、かえってぽかぽかして眠くなりはじめる。登ってきた細く狭く入り組んだ山道を下るドライブをさっさと終わらせたら安心だとおもって下山。

そのまま信濃までドライブしていく。お昼は市内のカフェ「レンヌ」でガレットをごちそうになる。薬局とカフェの二刀流で営業していて不思議なお店だった。はじめて食べるガレットは、苦手な山芋がはいっていても気にせずおいしく食べられた。

そのカフェを出て車をはしらせはじめたとたんに豪雨になる。道の駅しなのに寄って休憩。屋根の下に停めなかったアメリカンバイクがヘルメットごとずぶ濡れになってしまっているのをかわいそうに眺める。黒姫高原牧場の飲むヨーグルトを、お相撲さんの御嶽海ががぶ飲みしている写真つきで販促しているのがおいしそうに見えた。のんでみれば牛乳と砂糖だけとおもえないくらい濃い口でたいへん満足でありました。

長野県から新潟県にはいりなおしたら、道路はきれいに乾いていて、さっき信濃でみた豪雨が妙高では降らなかったことがわかる。ビジターセンターに寄って、ライチョウの子育ての展示などをみる。都会でよくみるアウトドア用品店が入居したり、カフェスペースをリモートワークに使えることを宣伝していたりするのが現代風にみえた。せっかく高原まできてオンラインにはなりたくないわねと素朴に考えてしまったりです。

宿にいちど帰って小一時間の昼寝をする。ふたたび山をおりて、あまり飲食店がたくさんないなかひとつだけやっているような蕎麦屋さんにはいる。タレカツ丼とそばのセットをいただいて、人気のない町を十分ばかりだけ歩く。

帰り道でレンタカーがトラブルを起こした。エンジンをかけたあと、ブレーキを離して動き出そうとしたとたんにカクンといってエンストを起こした。バッテリーのランプが点灯した。再始動したら動きはじめた。いちどコンビニに寄ってあらためて出ようとしたときに再発した。なにが起こっているのかはさっぱりわからない。再始動すればエンジンはかかるにはかかるから、走っている途中で急に止まるのだけはやめてくれと祈りながら宿までの山登りをして、なんとか到着までもたせることはできた。暗い山道をサルとかテンとかが横切っているのをみた。

余計なことを口走って失敗したなとおもうことがあった。疲れているなと感じた。リラックスするよりもいくつもトラブルがあったことの苦い後味をおもいながら露天風呂に浸かった。そして眠って、三日目は宿の朝ごはんをたべたあと、上越市内をふたたびドライブして海岸にとめて日本海を眺めた。お昼にはレンタカーを返して、上越妙高駅でおみやげと弁当を買って、帰りの新幹線で食べる。

このごろはお酒をすこし飲んだだけでひどく酔いがまわってしまう気配があって、旅行のあいだもぜんぜん飲まずにいたのを、ちいさい缶ビールをひとつだけなら飲めるかなとおもってエチゴビールの白を試してみた。でもやっぱり一本は飲めなくて、半分くらい手伝ってもらった。