暮らしのために車を手に入れたはなし。
東京から宮城に引越したら車がいりますね、というときに、隣の石巻に移住者にリースしてくれる団体があるのでどうですかね、と市役所で移住を支援してくださっているコーディネーターのかたにおしえてもらった。東日本大震災のあと、被災者が車を必要とするということと、被災地に車を寄付してくれる支援者が全国にいることをヒントに成立した団体とのこと。日本カーシェアリング協会1という。
事業のひとつとして、地方移住するひとに向けたカーリースをやっている。ぼくのようなひとがちょうど需要しているサービスだということ。引越し先の物件が決まる前からコンタクトを重ねて、その「日本カーシェアリング協会」からトヨタヴィッツをお借りした。
車がいるからな、とおもって、春には環七沿いのスズキの代理店にいってスイフトの試乗をしたりもした。そのときは、引越し先でつかうといっているは聞こえなかったみたいに、手前本位のローンの営業をされて、閉口しちゃった。新車はかんがえることがおおく、引越しの些事と並行しておおきい買い物をするのは得策ではなさそう。
別に中古車でもよかった。とはいえ東京で決めて納車してもらっても駐車場もなくて困っちゃう。探すなら引越し先で探して契約したいけれど、そもそも引越し先の物件が決まっていないのに車から探しても本末転倒だ。車のサブスクとかいって、半年とかでリースしてくれる大企業のサービスもあったみたいだけれど、ピンとこなかった。
というわけで、移住者向けカーリースというのは渡りに船、だった。大震災のショックから事業がおこって、ショックのなかにあるひとが他のショックのなかにあるひとを助けること、というのをクリアな理念としてもっているのにも好感した。ここでお世話になりたいとおもった。
協会への寄付車をお借りするというシステムになっているから、この車がいいですという希望の余地はちいさかった。軽自動車と小型車、中型車とありますがどちらがいいですか、ときかれてこたえたくらい。はじめ中型車のカテゴリにトヨタプレミオがありますよ、と教わって乗り気だったが、あとから足回りの不備がわかって残念ながら車検切れをもって廃車ですと通知された。それで、二番手の候補だった小型車のヴィッツをお借りすることになった。ありがたいことだった。
引越しを済ませて、住民票をもって協会をおとずれた。車庫証明のための書類を大家さんに協力してもらいながらしたためて、もういちどおとずれた。それから名義変更の手続きに二週間くらい待った。そのあいだ、自転車と電車で暮らしをまかなって、それはそれで豊かさがあった。
月曜日の午後に仙石線で石巻までもういちど出向いて、書類にハンコをついて、キーと交換してもらった。七年で十万キロ走ったヴィッツ。寄付してくださった誰かにお礼のひとことをしたためた。それは協会の活動ポリシーとしていつもやっていることだそうだ。
ちいさくてすこし前の車は、シフトレバーもサイドブレーキもハンドル式で、なんでもかんでもスイッチでないのがかわいらしい。空調のつまみもアナログで、裏ではコンピューターが動いているにしても、つとめてそれをひけらかさないのがかわいらしい。いまの車は、たぶんテスラ以降の潮流だとおもうけど、コンピューターを無意味に前景化させて、スイッチもレバーも、あげくハンドルもなくそうとして、そういうのがたまらなく好きなひともいるんでしょうが、車って感じはしなくておもしろくないですよね。そういう意味での不満もない。
一年の契約で、すくなくとも半年まではお支払いすることになっている。しばらくお借りするあいだに、中古車なりなんなり、ほしい車をかんがえよう。一年あるからしばらくはかんがえなくてもいいということでもある。