自転車のカスタムにはじめて手を出した話。
都心を離れたら車がないと暮らせませんねといって、たしかにちょっとした楽しみのためには車はないと困るけれども、実は運転しない日のほうがおおい。スーパーかコンビニに出かける日常の足には、いまでも自転車を乗り回している。それかわざわざ歩いていく。いい立地の部屋を借りれたというのにずいぶん助けられている。
いままでと変わって便利を失ったこともある。自由な自転車空気入れが手近なところにないというのがそう。まわりに自転車屋さんがなくて、だんだん心もとなくなってきているのがわかっても、空気圧メンテナンスもしないで走らせっぱなしになってしまっている。都立家政にいたときには、高円寺の自転車屋さんまでふらっといけば自由につかえる空気入れがあって、ちょっと電車で出かけるついでに点検するのは簡単なことだった。それができなくなった。
矢本駅のところに誰かが寄贈したブルーの空気入れがあって、それは誰でも使っていいことになっているんだけど、これがフランス式のバルブにしか対応していない。こちらの自転車のバルブはイギリス式。フランス式のほうがすこし高機能で上等そうなのに、そっちの設備だけが整備されているのは、たぶん長距離サイクリングで熱心に走るひとをたすけるために設置したのがはじまりだからなんじゃないかとおもう。そういう自転車はフランス式バルブのことがおおいらしい。
その違いをなにもわきまえないで、なんとかフランス式のアダプタでイギリス式のバルブに吸気できないか無為な努力をあきらめて帰ってきたときに、バルブのゴムキャップをはずしたまま置き忘れてきてしまった。あるとき気づいたらバルブが剥き出しになっていて、ただでさえ空気圧は減っているというのに、ますます心もとなくみえはじめた。
なくしたゴムキャップをもとに戻したいとおもったけれど、自転車屋さんでもなければゴムキャップだけバラ売りしていることもなさそうだ。オンラインショップで見つけられたのは、あざやかなカラーキャップと交換用バルブがセットになったやつだけだった。とはいえそれは言い換えると、バルブの交換を自分でやるひと手間さえかければ、キャップがアクセサリーみたいになって、目立たないなりにオリジナルなカスタムができるということ。それはそれでちょっとたのしそうということで、イギリス式の空気入れといっしょにファッションバルブを注文した。
はじめての工事は素人仕事でもほんとうに一瞬で終わった。ナットを緩めたら空気圧に押されて古いバルブがボロっと脱落して、そこにあたらしいバルブを挿してあたらしいナットを締め直すだけ。もともと空気圧が減っていたとはいってもパンクしたわけじゃないからプシュッといって空気が飛び出して、そのときなんかよくわからないけどチョコミント色のヘドロもいっしょに飛び出して指を汚した。水で流したら落ちたけど、かなりケミカルな汚れという感じがしたのでいちど工事を止めて石鹸でよく流した。
それではめなおしたあたらしいバルブから空気をいれてやって、あたらしいキャップをかぶせてやったらおしまい。キャップはディープブルーのやつにしてみた。かなり鮮やかで派手にみえるけど、注意してみないとわざわざみないものでもあるから、たぶん目立ちもしないとおもう。
もう何年も乗り回したボロの自転車だけど、はじめて自分の手仕事でカスタムするたのしみを達成できたという些細なことにうれしいやりがいがあって、ちいさなブルーがいたわられたがりもしないでのぞいているのがぼくだけにわかる記念品みたいになっている。