心のなかでひとつの到達点にみなしていた重さをはじめてかついだ日のこと。
バーベルのトレーニングをはじめてしたのはベルリンにいたときで、六年前になる。90キロまではそのときにかついだ記憶がある。
そのあともほそぼそとジム通いは続けて、ますます重さを増やそうというよりは惰性の運動のようにしていた。
東松島のジムファルコン1は、いつもトレーナー兼オーナーがいて、段階を踏みながらメニューを組んでくれる。
はじめておとずれたとき、運動経験をきかれた。いちおうやってはいました、と答えながら、どんなトレーニングをどんな強度でやっていたかはわかりません。適当にやっていました、と伝えると「記録をつけるのはなにより大事なことなので、ここではみんながそうしているように記録をつけていきましょう」という話になる。
すなおに記録をつけていると、だんだん強度を増せることが変化する身体の履歴そのものとみえる。それでたのしく通ううち、もともとできていたとおもう90キロかついでのスクワットはするりと通りすぎた。
この二ヶ月くらいは97.5キロで粘った。なんとなく100キロには挑まないでいたのは、風邪をひいたり、正月休みで帰省をしたりして、身体にチャレンジを課す回とは別に身体に重さをおもいださせる回をさしはさんだため。
この日は新年最初の脚トレーニングから回復して、チャレンジできそうとおもえる回だった。記録シートをながめるともうしばらく97.5キロのセットを繰り返していて、それでもちゃんとクリアしてこられたから、きょうは100キロにはじめて挑んでみる。
かがんでは立つのを10回、潰れずにすませる。