週末の日中は四月並みの陽気というのを予報でみてバイクをだす。三ヶ月ぶりの運転はもちろん年越しのあと最初のものになる。
まず暖機運転を入念にします。五分か十分くらいはしていたかな。お目覚めの吹き上がりがあったあと、もうすこし待てばマフラーから不完全燃焼めいた白煙がポッポッポとわく。ガソリン臭さもする。それがなくなるまでじっとまつ。
三陸道はつかわないでいきます。家のそばから北へ国道をくだっていく。信号ごとのストップアンドゴーで操作感覚をおもいだすのをしばらく続けたあと、北上川の東岸にわたれば交通量も信号もほとんどゼロになってまっすぐ走らされます。帰り道にだけ使ったことがあって、その逆向きに走るのははじめてだったもので、山のあいまに真っ白な石切場が剥き出しになっているのを壮観なものとみる。
道案内の標識はほとんどみないで、ナビゲーションもみないで適当な方角に向かっていて、そろそろあるはずというのをしばらく待って走ったら、朱色の大鳥居が右手にあらわれて、それが柳津虚空蔵尊となります。
大鳥居がいつ後付されたのかはよくわからない。廃仏毀釈が寺の取り壊しにかかるのを退けるために妥協をあたえた鳥居かともおもえば、境内には江戸期に信者たちが寄進した石造りの小鳥居もあって、かえって自発的な神仏習合のなごりにもみえる。
お寺はことばにならない静かさをばらまいていた。背後には山、境内には杉林、それらを慎ましくだけ拓いた場所にちいさくとも威容のある社がたっている。水のほそく流れる音がきこえて、誰かが鐘をつけばそれは空にひろがりながら森に吸い込まれていく。
自然のふところに間借りして生きることのちいささを思い出させて、そのちいささが宇宙の秩序のなかで無限のひろがりの片隅を占めていることを認めてうなずかせる。
手水場にバラやキクが浮かべられているのをみれば、それは苔のみどり色と見事な対比をつくっている。空海のお堂をおがむ。自動販売機で缶コーヒーをのむ。かつては巨老木だったけやきが朽ちてなお守られているのをみる。一本松が湾曲してたって社をまもっているのをみる。みるからに険しい石坂の向こうに奥の院があるというのをみる。ブーツでそこまでのぼるのはあきらめた。またきましょうね。
国道にもどって北上川沿いにさらに北へいけば、前にも後ろにも車はいないのをのんびり走ります。反対車線のバイクとすれ違ったら手で合図をだせばあちらも合図を返してくれる。それをひさしぶりにするのもあらためて新鮮でうれしいものであります。
南三陸に向かう街道の入口になっている米谷(まいや)という町はなんどか通っても止まったことはなかったもので、ここでお昼にしようかなともくろんだ。ラーメンをだす食堂がふたつあるらしいのをみてきたけど、小路地の流れに混乱していたらそうと知らないうちに本道にもどってしまって、気づけば北上川を渡らされて引き返すのはできなくなってしまっていた。
引き返すこともできなければ、どこに向かっているのかもいまいち自信をもてなくて、おそるおそる進みかねないときローソンがみえてくる。うん、ここで地図をみようとおもってはいったら、地図をみるまでもなく見覚えのある仮面ライダーのおおきな看板があって「おや、ここにはきたことがある」と安心感をくれた。ここが登米の中田町というのをおぼえます。
次の目的地は、市内にある老舗のジャズ喫茶「エルヴィン」ということにします。ごはんを食べるのもその近所にすることにして、まずは市内に向かう。いちどもいったことのないところだけど、イオンから街道をひとつはさんだところにあるようすで、それならイオンをさがしていけばわかるのでは、とざっくり目印を決めて進んでみます。
といって、交差点の表示に「登米」と書いてあるのを疑わずに折れて走っていたら、市内にいきたいのにかえって郊外のインターチェンジに誘導されていて、いや、違うのよ、とやたらな遠回りをしながら引き返せば、いよいよ街なかの景色に移り変わる。イオンといってもイオンタウンはモールではないから、とおくからそれを目印にしようと探していたのは、どうやら無駄だったことがわかっても、そのイオンタウンの目の前までこられればもうほとんど到着だ。
ジャズ喫茶があるのをいちど横切って、すぐそこにあるラーメン屋さんでお昼にします。名前は「麺屋一魂」といって、煮干しの醤油ラーメンをいただきます。全粒粉をねりこんだみたいないい香りの麺がおいしくて、いつもよりむやみにたくさん噛んで食べる。しっとりしたハムもうまかったです。帰り際、お店のおじさんが威勢よくみおくってくれた。きょうはあったかいからバイクはいいな! 気をつけてな!
百メートルだけ先に「エルヴィン」がある。外までちぎれるほどの音はきこえていないようだ。せまい入口は二枚扉になっていて、二枚目をひらいたら音楽がきこえた。二階のたかさを貫いて天井はたかく、壁にそってなにやら巨大なスピーカーがある。周囲の壁にもレコードから書籍からポスターから地域イベントの記念写真まで自由自在にひろがっている。
おかみさんが「コーヒーでいいですか?」というのに乗らせてもらって一杯いただく。コルトレーンのクインテットが「グリーンスリーブス」のうえで果てしない即興をしているのをきいた。音量はひかえめではじめのんびりとうかがっても、つくづくきけばリズムがその場その場で織り合わさってまたあたらしい形が生じては消えていくのがはかなくもすばらしい音楽そのものとしてある。
スピーカーの正面に陣取って熱心にスマホ操作をしているおじさんがいて、はじめ常連さんかともおもったがどうもマスターのような気がしてきた。コルトレーンの長いライブ盤がおわったらしばらく沈黙の時間となる。おじさんがガバっと立ち上がって奥の扉をあけていって、そこにブースがあるらしい、次のディスクに針が落ちる音がきこえた。音量はいちだんと攻め気味の爆音に変わった。そこにあることのはじめて気付いた譜面台に演奏中のアルバムジャケットがぽいと置かれて、オレンジ色のそれはエルヴィン・ジョーンズの Puttin’ It Together といっていた。
おかみさんが引っ込んでしまって、マスターとおもわれるひともスマホとタブレットでずっとなにか作業をしている。寒くなるまえにそろそろ帰ろうかしらというとき、スピーカーも爆音に切り替わったものだから、さてどうしてお勘定してもらおうかね、というので、すこしおそるおそるマスターにおねがいしたら、スマホをみているあいだはむずかしそうだった顔がすぐさまニコニコに変わって、おう! といってみてくれた。ほかにお客さんもいないので、大声張りながらすこし話して、名刺をいただいた。
では失礼しますといってお店を出たらマスターもいっしょに外まで見送りにきてくれた。バイクをみたかったらしい。若いころはモトクロスの選手をしていたし、小田原でバイク事故をおこしてたいへんだったこともあった。いまは転ぶのいやだからさっぱりやらなくなったね。といいながら、昔のっていた車種とかタイヤのカスタムとかをとうとうと話してくださるのをふむふむときいた。ちょっとそこ立ちなよ、といってカメラを向けられた。音楽の話はおどろくほどしなかった。最近はお客さんもおおくなくて、午後しばらくやすむこともあるから、また来るときは電話かけてよ、とおっしゃった。
通りがかりのひとが何人もあった。寺にいって賽銭もいでくる! というおじいさんたちのあった。猫のふうたくんはおかあさんに連れられて、リードをつけてお散歩してきた。マスターがほら、バイクだよ〜といってふうたくんを抱き上げてシートに座らせようとしたら、腹がふつふつと揺れて興奮状態になった。ああ、緊張しとるわい、といってそれまでになさっていた。
帰り道も三陸道を避けて、だいたいまっすぐ南に走れば家につくはずのところ、南にむかった道がいつのまにやら東にながれて三陸道がみえてしまう。おやおやといってそこから西にもどっても、気づけば旧北上川にそってふたたび東に逸らされる。といって、東西をジグザグ走行するようにしてすこしずつ降りてきて、たまたま国道にぶつかったのに乗っかったら着いた。とはいえ、旧北上川北岸に沿って走る県道のどこまでもおわりないようにみえてじつに心地のいいことを知る。