月曜日、天皇誕生日のおやすみにハッピーマンデー割引で映画をみる。アメリカ映画の新作『クライム101』をみる。初級の意味の101ではなくて、アメリカ西岸の巨大な道路の番号のことをいっている。
さかさまに映された夜、ロサンゼルスの高速道路だ。ロボットの声がささやくのがきこえる。息をふかく吸いなさい。吐きなさい。カメラはゆっくり回転しながらすすんで、高速道路が垂直になる。
冒頭のショットがこうあって、ちょっと弱くないかとかまえた。それから何人かの俳優たちのそれぞれの景色がゆっくりしたモンタージュのように示されて群像劇を示唆する。なにかを映してはいるけど物語ろうとする力のあせたショットの連続をみる。目をはっきりあけていてもたいした印象を引き起こさないのだ。ああ、大予算のはずれの映画で、なんとなくのクリシェでごまかしておわるかな、とかまえた。
マイク(クリス・ヘムズワース)は一匹狼の泥棒として、保険のかかった宝飾品を繊細にねらう。綿密にリサーチして奪いとるのに暴力をさしはさまないのがモットーのようだ。危険なヤマは避けるものだ。みずから退けたヤマが情報だけ横流しされて暴力の祭典のような同業者に荒らされれば激怒もする。偶然の出会いをデートに誘えば独身者らしい不器用さもあらわにする。
ルー(マーク・ラファロ)はロサンゼルスの警官で、きょうも101号フリーウェイ沿いの事件現場にたつ。また無傷の被害者が保険の請求に訴えようとしている。同僚は保険金詐欺の多発を疑って、ルーはかならずいるはずの同一犯の影を疑う。しかし検挙率を第一にする市警のなかで、真相を求めるルーの居場所はかならず薄弱になる。同僚の不正をまのあたりにすれば慄然ともする。
シャロン(ハル・ベリー)は富裕層向けの保険ビジネスに勤めていて、見込み客の白人富豪にどこか見くびられている。社内でも昇進のチャンスをいつも上司に握りつぶされるようにしている。劣等感がある。決死のおもいで役員を問い詰めれば、こうあざけられる。キミの成績は53だ。わかるかい? 53歳には次のチャンスなんてないの。
オフロードバイクの男(バリー・コーガン)は、一匹狼のマイクがただひとり流通の世話を頼っていた老人マフィアが差し向けた悪役。弱さと不安が顔面にあらわれているのをフルフェイスヘルメットで隠して暴力をばらまく。やがてマイクの人脈にもアクセスしてひとりまたひとりと餌食にする。うう、嫌なやつだ。おぞましさのみなぎる充実した演技ともいう。
導入こそすこしスロー気味だった映画は終盤のスリルを弾けさせていっきに快に転じた、そうおもわせた。緊張感の綱渡りをなしとげた。いくつかのつるがひとの地の弱さをからみとりながらよくたばねた。
ガラスで切った一滴の血が DNA 検査でかつての補導歴にヒットした。強盗は挑発というよりは哀惜のようにして刑事からの匿名電話を受ける。動揺しないはずがないだろう。最後の仕事と覚悟しておおきなヤマを貼る。とはいえ、慎重と安全がポリシーだった仕事人が浮足立っているのをみればみるものも心が騒ぐ。
アントワープから国際空港に到着したダイヤモンドとその運び屋。市内へ護送するのは偽のドライバーだ。運び屋もまた偽の運び屋だ。強盗と刑事が狭い車のなかにつらなる。刑事は敵に気づいている。強盗は敵にまだ気づいていない。ホテルに到着する。エレベータを待つ。ロビーのこどものわめく声ひとつがはじまりのゴングにもきこえる。しかし、まだ、まだ…
緊張のはてにもうひとつの緊張が用意されている。血は流された。とはいえ、どうやら善のための血だったようだ。さいごには、敵によって命を救われたものがふたり。
強盗のためのシナリオとおもわせて、これは刑事のためのシナリオだったかしら。職場の不正を憎んで真理をもとめた刑事が、自分自身の真理のために不正をひとつ選んだ。善のための不正というものがあって、善をえらんだ。恩寵のあらわれたようにみえたものだ。恩寵といえば、おもいがけないムスタングに心ときめかせて南カリフォルニアの白い光に駆け出す刑事の運転席と横顔が最後のショットだった。
強盗と保険屋さんにとっても、どうやらひとつ苦しんで殻をやぶる瞬間はとらえられていたようで、すこし純朴すぎるところはみえた。とはいえ、最終盤のスリルとそこにみちびく筋は期待をうわまわってガツンと決まって、たよりなさげにみえたはじめの印象はうれしく裏切られた。
いくぶん渋みのあってくたびれた刑事がロサンゼルスの暗い雨の夜をただようのがよかった。古い映画にこそよく撮られていそうなものだけれど、陰気に濡れたロサンゼルスの夜、しかも繁華街ではなくて救貧院に向かうというのがいかにも切なげで、名場面と呼んでもいいとおもう。そういって、その一連のショットはぼんやりとしかおもいだせなくて、それをたしかめるためにもういちどみてもいい。