ゴールデンウィークは三泊四日で和歌山へ旅行にいく。

京都市交響楽団がプロコフィエフの交響曲全曲を三回にわけてきかせるというのを知ったのは半年以上前のことで、大型連休の京都、さぞ混むだろうね…と想像するのはかんたんにして、いずれプロコフィエフはききたい。そうはいっても定番の観光地で消耗するのもたやすそうというわけで、和歌山、紀伊半島を縦断して、本州最南端を踏むのをテーマに出かけていく。

日曜日の朝、四時に起きる。離陸は八時の予定で、ほんとうならそんなにあわてて起きることもないんだけど、前の日に準備をたしかめるうちに仙台空港の駐車場を予約していなかったことをふとおもいだして、もう予約できる枠はあまっていないから、自由駐車枠が埋まるまえにとにかく滑り込むしかない。

こうして五時前には家を出て、連休中でもこのはやさならまだガラガラの高速道路を走っていく。六時前に余裕で駐車を済ませたら、そもそも空港がまだあいていなかった。ちょっと寒がりながら待てば六時をすぎて自動ドアがあいた。ぼんやり搭乗口へ進んで、コーヒーもお茶も飲まずにうたたねしてすごせばたちまち登場時刻で、乗り込んだとたんに安眠モードとなって、気づいたらまわりのひとが立ち上がりはじめるのに起こされて、大阪に着いたことを知る。

レンタカーを予約している時間まで、着いた空港で二時間弱の暇つぶしです。ホットドックを出すコーヒー屋さんにはいって、運転までにすっかり目をさましておきましょう。九時すぎにもなればこれから出かけるひとも着いたひとも行き交っていてそれなりに混雑です。

ちょっとはやいけど、三十分くらいなら前倒しで貸してくれるんじゃないかなとレンタカー屋さんに向かえば、おもったとおりに貸し出してくれました。というわけで、十時半、黒のスズキ・スイフトをお借りして、京都に向かっていきます。コンサートホールが開場になるまではあと三時間です。

カーナビに言われるがままに行ったので、景色はおもいだせても道順も道路もうろおぼえなのが惜しいけど、たぶんこんな道をとおった。空港を出てすこしだけ下道をいき、中国豊中インターで高速道路にのる。千里、吹田、茨木とすすむのにいくつかのジャンクションを攻略していく。

ここから島本町、と看板がみえると景色は山となって、渋滞がはじまる。余裕があるからと窓をあけてノロノロいけば、五月のあたたかい日差しとひんやりした風がよくブレンドして気持ちのいいドライブにもなる。

大山崎まで5キロ30分の渋滞といって、二車線の左側はやがてピタリととまって、右側はスイスイながれていく。右に寄せれば抜けられそうで、あんまりかたよった混み具合はジャンクションまできっと詰まっていて、右に抜けようとしたら京都につく代わりに当てもない場所に飛ばされるにちがいないとおもってじっくり耐えたら、はたしてそのとおりに京都方面だけが度を越した渋滞となっていたのだった。

こうして京滋バイパスから第二京阪道路にはいっていく。巨椋(おぐら)大橋と書いているのを読みがわからないままわたりはじめたら、それがおもいがけない大河をわたる橋になっていた。鴨川くらいしか京都の川を知らずにきて、こんな景色もあるのかとおどろいてすぎる。これが宇治川とはあとで地図をみて知る。

鴨川東インターを降りたらすぐにその鴨川の西岸にわたって、まっすぐ北にいく。ここはどこ、とカーナビだけをたよって進んでいるうち、四条河原町の交差点で立ち止まったら、これは知っている景色とおもいだして、車道からみればちがってみえるひとの流れをみる。信号はおおくて、交通量もおおくて、バスもおおくはしっているからしぜんと流れは滞りやすくて、気持ちに余裕があればこそたのしく走れるが、生活のために走るのは苦しい道路にみえた。横浜ナンバーの、デカールまみれの派手なスバルが交差点をかっ飛ばしていくのをなんど見送っても、次の交差点ではどうせ追いつくことになって、ウサギとカメの競争を4セットも5セットもやっているみたいになる。

北大路通りではじめて曲がって、京都府立大学のほうにみちびかれていけば、そこが京都コンサートホールなのだった。裏が植物園になっているのもおもしろそうで、それよりもコンサートの前に腹ごしらえとして、ホールにある前田珈琲というお店でカツカレーを食べる。ペロリと食べてしまえばこそ知らない都会でドライブするのが体力にこたえたのがわかる。スパイスで身体が熱くなって汗もかいた。

コンサートのあとは小雨となっていて、ひとはみんな傘をさしていった。駐車場はたいして混雑もしていなくて、たいして待ちもしないでスルッと出られてみると、ここは電車なりバスなりの充実した大都会なのね、とわかる。

地下駐車場の坂をのぼって出るところではじめて列がみえたから、いたずらに詰めないで手前で待った。坂道発進がうまくできないセダンを先頭に、車列がじりじりと坂を落ちてきていた。下のほうからながめるぶんには対岸の火事ながら、詰めていたら逆向きの玉突き事故すれすれで、おっかない。セダンは結局、坂を落ちながらアクセルをベタ部みしてはげしく飛び出していった。ギャンブルスタート気味にみえたけど、事故の証人にされなかったのはラッキーになる。

雨の渋滞の京都をこんどは南にまっすぐいく。二条城を右手にみた。すべての信号で止められるくらいの感覚で、市を出るためだけに一時間弱もかけていく。上鳥羽インターから第二京阪道路にのって、次の出口に伏見とみえたら、おおこれが鳥羽伏見の古戦場かなとおもしろくもみえる。新名神道をわずかにだけわたって、京奈和道にはいれば、そこは二車線だけのかんたんな自動車道で、暗くなる時間帯にはスピードもゆるやかで、走りやすい。雨をちょっとおっかながりながら、フリー状態で気楽にはしる。

奈良ロイヤルホテルに泊まります。木津を降りて、奈良バイパスをいけばすぐです。雨は強まっていて、駐車場は奥のほうだけがあいていたから、スーツケースは片手でもちあげて、ホテルまでちいさな折りたたみ傘をさして、かけこみます。

奈良は京都から和歌山に向かうための経由地というだけで泊まっていて、どうせ車できているのなら観光ホテルではなくてもっと郊外の宿でもよかったのかも。とはいえ、ロイヤルホテルは古きよき、あの一億総中流のころの日本式のホテルというぐあいで、ひろいロビーにふかふかの赤い絨毯をひいて、おみやげやさんもレストランもある。隣のスーパー銭湯と提携もしておられて、宿泊客なら無料チケットをもらえる。至れり尽くせりでもありました。

そうはいっても館内のレストランは六千円でビュッフェができるみたいにちょいと高額で、それよりは町の居酒屋でかんたんに食べて、ビールも飲んではやねにしましょう。

ちょいとみつくろってちいさい繁華街のちいさい居酒屋にはいってみれば、おばちゃんがカウンターのなかひとりはたらいておられるお店で、しごくちょうどいい。きれいでしずかなお店は、はじめふたりいた先客がお帰りになられたらカウンター越しにおばちゃんとぼくふたりきりとなって、みごとな生ビールを二杯いただくあいだ、枝豆、ししゃも、豚玉をすこしずついただく。

もと兵庫、城崎のほうにおられて、そこから京都、いまでは奈良と住み替えてきたとおはなしをきく。十年以上やっているお店は、こどもが奈良にいるからといって奈良ではじめてみたけど、知らない町でお店をはじめてお客さんがつくまでがいちばんたいへんだった。コロナもたいへんだったけど、こどもたちも一人前になって、じぶんひとりぶんの食い扶持だけと欲張らずにやったら、しのいで続けてこられた。もとは京都から奈良に毎日運転してかよっていたけど、さいきんは近くに部屋を借りて、免許は返納もすませて、自転車だけで過ごしてる。それで正解だったわね。

慣れた暮らしをしがらみとしないで、いくつになってもあたらしい生活をえらぶことのできることを尊敬せずにいられないおばちゃんがぽつぽつと話してくださるのを拝聴する。年齢はおききしなかったけど、母よりひとまわりうえのかたとおもう。

慣れたようすでドアをあけて母子の二人連れがおみえになって「きょう大阪でライブみてきたねん、トイレ借りるわ」とお母さんがいって奥にみえなくなるあいだ、おばちゃんは小学生の男の子を抱きしめてなでた。孫じゃないんです、常連さん、赤ちゃんのときからきてくれてるの、ときけば、やっぱりここはいいお店だったとおもいながら、お会計をしてもらう。

迷い猫のエサ代と書いた箱があって、小銭をいれる窓はみえなくてボタンがついているのを押したら、機械仕掛けの箱からねこがのぞいて、猫の手で小銭をしまうおもちゃになっていた。お釣りの百円玉をそのねこにあげて、ごちそうさまといって帰ります。