高校のともだちが東京からわざわざおとずれてくれた日のこと。

正午過ぎの仙石線でやってきて、いちど車で家に連れて行ってから歩いてお昼をたべにでた。駅前通りの料理屋さんで、ホタテフライ定食と海鮮丼をそれぞれたべた。運転するから飲んでいいよって、伯楽星を一合半のませた。

石巻の震災津波伝承館に着くと、パラパラ降りの雨は風をともなって傘のかげにはいりこんできて、腰よりしたをおおいに濡らした。アーカイブ映像の上映をみたあと、語り部のひとが展示を紹介してくれるのを拝聴した。

門脇小学校が通りの向こうにみえるのまで歩いて見学した。燃えた教室があった。ガソリンをこぼしながら車が押し寄せて正面で爆発しているとき、はじめ屋上に避難したひとびとが裏山に決死の脱出をした話をみて、その現場が残っているのをみた。炎上をまぬがれた教室をみた。はじめてきたのになつかしいにおいのする体育館には巨人が捻りつぶしたみたいにひしゃげた消防車があった。仮設住居の展示に踏み入ればものかなしいおもいをした。伝承館とあわせて三時間弱もあきずにながめて、映画ひとつみたみたいな気持ちをしながら終業時間の合図をきく。

旧野蒜小学校を改装してキボッチャと呼んで営業している宿泊施設に着くと、先の団体さんがチェックインのために固まっていて、それがはけてからこちらもチェックインする。宿泊費を払うときに、カードならタッチ決済もできますよといわれる。一万円以上はできないんじゃないでしたっけときくと、さっき団体のひとは四十万円だったけどタッチだったよという。しかし試しにタッチしてみると通らなくて、結局はカードを差し込んで暗証番号をいれて、まあこのほうが安心ですよねと話す。

ずいぶん強まった雨のなかいちど車を降りてチェックインしたうえで、グランピングの部屋はここより向こうにありますので車であちらのゲートまで向かってくださいと指さされて、いまいちど濡れながら車で細い道の先のゲートをくぐる。するとさらにお客様の駐車場はさらに奥なのであちらまでどうぞと案内されて、再三ぬれなおしながらテントのかたわらまで進めて、ようやく駐める。

部屋にないようすの歯ブラシと寝間着とを借りれないかしらとSくんがいって、コンビニは国道までもどらないとなさそうねといって、飲みはじめるまえにいちど出直す? というと、たぶん借りれるでしょといいながら受付まで歩いてもどるも誰もおらず、バーベキュー場の職員さんに相談して「夜までになんとかします!」と心強そうなのにゆだねる。それではといって大雨のなかバーベキューをはじめる。屋根のある小屋が十ほどあって、炭はもう燃えはじめていて、屋根のしたのソファに埋もれながらゆっくりやる。

スパークルホースというアメリカのバンドは、2010年にリーダーが自殺して解散している。そのバンドの自殺した男のための記録映画がこのまえ吉祥寺のアップリンクでかかっていて、それがめっちゃよかった、というのをきいて、それからはスマートフォンの貧しいスピーカーでかれの音楽を流した。ピンク・フロイドから借用した曲がながれたら、その話もした。

去年の夏に大曲にひさしぶりに帰省して、はじめて駅前で飲んだらすごいよかった。横手のふるさと村もいった。テニス部のSさんがいまは花火の職人をやってて、道路に飛び出すみたいにひどい酒癖になってた。OくんとAさんは結婚して秋田にかえって、県産品のオンラインショップをやってて、そこでアスパラとか買ってる。ゆでるだけで超うまい、やばい、みたいな話をきく。肉を焼いて、野菜を焼いて、アルミ皿で米を炊いた。お膳立てはぜんぶキボッチャが用意してくれた。東京からのおみやげに白ワインをみっつもってきてくれていて、そのうち二本を乾かす。

もう二組三組の家族が別の小屋でバーベキューをしていて、こどもたちが雨のなか遊んでいるのがみえたものだったけど、きづいたら九時にもなっていて、あたりは静かだ。そろそろ風呂でもいこうかというときにちょうどバーの管理人さんがきて、ぼくたちはもう終わるけどゆっくり過ごしてくださいねとおしえてくれる。食べ終わったものは片付けるので、ワインの空き瓶はおいておいてください。それなら熊も舐めにこないでしょう、とおそわる。

小学校の一階にできた木の香りのする大浴場につかって、テントのなかでキースジャレットとかデビッド・ボウイとかをききながらもうひとしゃべりする。固い会社に転職したばかりで、前ならちょっとだけはたらいてあとはサボっててもバレなかったけど、さすがにこの年であれはよくなかったといって、二年か三年くらいハードワークして箔が付いたら地方勤務のことも考えるかとかいいながら、いまはかたづけないといけない仕事があるからあしたは朝の新幹線で帰ることにしているというので、遅くならないうちに寝る。