夏休みのお楽しみをひとあしはやめにと一週間の北海道旅行に出かけています。四日目は小樽にとどまって、市内の観光を続けます。

おたがい荷造りのミスで肌着がすこし足りていなかったことがわかって、まずは市内のユニクロですこしだけ買い物をします。それから朝ごはんにいきましょうと、古城とみればそうともみえる中華料理レストランをバイパス沿いにながめながら市内にいきます。

遅めの朝ごはんは「ハシビロコウ」というカフェをめざしていきます。長い坂をのぼっていく途中にそのお店はあって、駐車場があいているのがみえると坂道であわてずに後ろ向きの入庫をする勇気は出なくて、ブスッと頭からいれます。

ふつうのおうちのような店構えに「ハシビロコウ」とちいさくだけ書いてあって、飾らないのがいい雰囲気です。お父さんとお母さんがふたりで切り盛りして、モダンなイージーリスニングが薄くかかっています。おおきな黒板にはハシビロコウの絵が、ちいさな机の縁には感じのいい本が数冊えらんでならべてあります。

ぼくはホットサンドを、パートナーはナポリタンをそれぞれお頼みします。ここにもハシビロコウの姿がみえる落ち着いた水色のマグでコーヒーもいただきます。ホットサンドはじつにうまい。両面にコンガリとバターの焼き目がついていて、自家製のやわらかいハムはすこしスモークされた香りもあります。ミートソースも自家製で、アンチョビとローズマリーの香りがほのかに立つのもたまりません。それが白と黄のチーズに絡まって、ほんとうにうまい。

机の縁にいくつかの本がならんでいるといううち、はじめ外国の絵本をすこしながめたあと、加島祥造とみおぼえのある名前のはいったものを手に取ります。アメリカ文学の先生であったはずで、ポーとかフォークナーの翻訳をぼくは読んだはずです。ところがここにある正方形の本は『求めない』と題をふってある、創作アフォリズムの本となっています。たとえば「足ルヲ知ルコトハ富ナリ」と、これは老子のエッセンスの読み替えだといいます。あとがきを読んでいけば、アメリカ文学のしごとに勤めあげたあと、老子との遭遇から東洋のありさまに思索を重ねはじめて、後年は長野で独居しながらやわらかい詩と絵の創作に明け暮れたといいます。

トイレに立ったときに、入口の近くにおおきな書棚があるのがみえて、そこをながめればここにも加島祥造という名前がみえます。ちくま文庫の『タオ』を手にとって席にもどって、まんじり読んでいます。これも老子にもとづいた連作詩です。深い空っぽの淵には源のない源がありそれは汲んでも汲みつくせない。天と地の向こうのタオにつながるもうひとつの自分がいる。「そのことを知ってほしいのだよ」と語りかけられて、おもわずズシンとそれを正面から受け止められている自分のことをみつければ、たまたまはいったカフェのたまたまついた席に、たまたまある名前をみて、たまたまそれを手にとったこと、それらがみなタオの望んだことではなかったかと静かに感動せずにはいられないのでした。

坂道に向かってバックで車を出してそろそろと出発します。市街にもどって、運河沿いの博物館へといってみましょう。気持ちよく晴れた土曜日です。博物館のもよりの有料駐車場は満車となっていて、ぐるりと出直してすこし離れたところに駐めます。そこでユニクロの紙袋をあけて、シャツのしたにあたらしいタンクトップを着て、汗をかく準備をととのえてからいきます。パートナーがトイレをもとめてまっすぐ歩いていくのにすこし遅れながらついていきます。

小樽市総合博物館の運河館です。窓口できけば、博物館の駐車場がすこし向こうにあったとのことで、ぼくたちはそれを見逃していたのでした。トイレからもどってきたパートナーにそれを伝えて、いっしょに車にもどって出直し駐めなおします。

運河館はまず江戸から明治にかけて北前船の寄港地として小樽に商業がはなひらいたことをおしえます。運河がひかれ倉庫がならびたち繁栄を謳歌します。ニシン漁に精を出すものもいれば、子どもたちはスキーをたのしんでいます。はなやかな大正文化をみせて復元した商家をみせています。ここまでが歴史をおしえる展示室のこと。

もうひとつの展示室は自然をおしえて、市内でみられる昆虫の標本がずらりと並んでいます。春夏秋冬を一面にあらわしたジオラマは豊かな森の景色をみせています。野鳥の模型もたいへんな充実ぶりです。さいごまで通り抜けて、縄文時代の発掘資料をみせるころには、未就学のこどもたちがおとずれてあちらこちらがにぎやかです。

運河館というのはそもそもが別館で、これとは別に本館とそのかたわらの古代洞窟にもはいることのできるセット券ではいったので、それら残りの施設もみにいってみましょう。車にもどって六花亭のカステラをひとつずつつまんだら、五分もしないドライブで手宮洞窟へといってみます。

手宮洞窟は縄文時代のひとが刻んだ壁画が保存されているという施設です。道路沿い、森のふもとに真っ白の壁がまぶしく光っているちいさな建物の重い扉をくぐるとそこはたちまち洞窟で、いくつかの展示パネルの奥に壁画が保存されてあります。いまだけ珍しく混んでるけどねと入口のおじさんがいっていたとおり、三組十人ばかりのひとが外国語であれこれ語り合っていて、洞窟がそれを反響させてずいぶんなにぎわいです。江戸末期に壁画をたまたま見つけた長兵衛どんの話とか、しばらくはそれを壁画ではなくて文字だとひとがかんがえたことを読みながら待てば、にぎわいが去って静かな洞窟となります。まんじりながめてこれらを描いた古いひとびとのことに思いを馳せましょう。

まぶしい外にもどって、すぐ向こうが総合博物館の本館です。ロビーにはいってしばらく腰を落ち着かせます。冷たい缶のスプライトをプシッとあけてゴクゴク飲みます。

運河館が歴史と自然の展示をしていたのに比べて、こちらは本館といって中身は立派な鉄道博物館です。明治のひとがアメリカから輸入した蒸気機関車がドカンと展示されています。昔は女性は乗せてもらえなかったんだねといいながら客席に乗り込んで腰掛けてみたり、十個もあるレバーを動かして遊ばせる切換器のシミュレーションゲームをやってたのしみます。

外の展示はいっそうスケールがおおきくて、戦前から戦後までの退役車両がずらりとならんで、何百メートルも伸びています。すすけた窓からのぞきこむことしかできないものがほとんどながら、鉄道ファンでなくとも興味深くながめながら歩いていきます。いくつかの展示は機関室にもぐりこむことができるようになっていて、北海道のこととはいっても日差しで煮えるようなそれは石炭を焼いて機関を動かしたらどんなに暑かったろうとおそろしくも感ぜられます。時間があえばちいさな蒸気機関車に体験乗車する機会もあったようで、この日はもう終わってしまってあります。おもわず満喫しているうちに、閉館の時間です。

夜になったら運河をみにいこうねと話していたものだから、それよりはやく夕飯は済ませておきましょうと、はやめの腹ごしらえへ向かいます。ゆうべのごはんがホッケ焼きで、あしたのごはんもお魚の御膳をいただく予定なので、この日は中華でもといって「天蓮華」という町中華のお店にいってみます。こちらにはエビ入りあんかけ焼きそばを、彼女には麻婆豆腐のセット定食を、それぞれいただきます。

ごはんを済ませてまだ六時、日没は七時過ぎとなるので、まだまだ明るいようすに、すこしドライブをしてマリーナへといってみます。どうやら石原裕次郎がヨットをここに持っていたことで有名ということのよう。マリーナそのものはもう閉館してしまっていて、駐車場に車はみえてもひとの姿はいまいちみえずです。停泊場のほうにまわってみると、レストランだけは営業しているようすで、いくつかの家族の食事がみえます。

なんだかトイレにいきたくなってきたわ、というと、わたしもそうというので、来るときにみえたショッピングモールまで、車にはもどらずに歩いていってみます。バイパスは信号待ちのちいさな渋滞で、窓をおおきくあけはなって中東音楽のインストを気持ちよく響かせている車がみえます。トイレを済ませたら、ここにも六花亭があるねとすこし冷やかして、マリーナへとまた歩いて帰ります。

そうはいってもまだ日没にははやく、臨海公園と地図にみえるところにいってみましょう。ちいさな入口をいちど見逃してオーバーランして、引き換えしてからはいりなおします。工場を見晴らす景色のその柵越しに釣り糸を垂らしているひとが幾人みえます。パートナーは職場の人間関係で苦しんでいる友だちからヘルプがきたから電話をかけるねといって、かけておいでと待つあいだ、すこしずつ暗くなりはじめた日の光で読みさしの文庫本をひとつ読み終えます。

その電話の終わるころにはいよいよ日没で、運河へともどっていってみましょう。昼下がりにきた運河館の奥の有料駐車場に駐めて散歩していってみます。ガス灯がついておだやかな雰囲気の散歩道です。この前みた濱口竜介さんの『急に具合が悪くなる』に、セーヌ川に沿って女性ふたりが散歩しながら議論をするうちに日が暮れているという長いシーンがあったのをちょっとおもいだしています。芸人さんがアコーディオンを弾いてみせているのが欧州の観光地っぽいとおもわせて連想したのかも。おそらく一番人気のスポットで欄干にひとがごった返しているところからすこしはなれて、ぼくたちも自分たちの写真を撮ります。

運河から一本わたって音楽のきこえるほうにいけば、それは七夕祭りのにぎわいなのでした。ぐるりと一周ひやかして、また運河へともどって、来た道を逆向きにもういちど歩いてみます。ちょうど遊覧ボートの最終便が出るところで、それがゆっくり出航していくのに橋の上から手を振ってあげます。

裏通りにはいれば小樽ビールを出すドイツ式のビアホールがあって、その隣にはびっくりドンキーもあります。観光地でびっくりドンキーにいくひとなんているのかなとおもうけど、こどもを連れてきて隣がビアホールだったらびっくりドンキーにいきたくなるとおもうし、ありだよね、みたいなことを話します。

のんびりしていたもので一時間ばかりがあっというまのことで、ますます賑わうというよりは車も減ってだんだん静かになりはじめた運河沿いを歩くと、たのしい時間はもうおしまいといわれたようにおもってすこし切ないおもいもします。派手ではないけどいい街だったなとおもえば、これが人生最後の小樽とはおもいもしていないものだから、さき走る気分は次にここにこられるのはいつだろうとかんがえさせて、内心はすこし湿っぽく、きょうの観光はここまでです。いつかまた来たいものですね。

この日もきのうとおなじセイコーマートで缶ビールなどを買って持ち帰って、きょうのぶんの安全運転をなしとげてからホテルの部屋でゆっくりいただきます。夕飯がはやめなものだったからこれも買っちゃおうといって持ち帰った焼きそば弁当もいただきます。ホテルのコインランドリーで洗濯をして、乾燥機もまわしているうちに、温泉もあびたら一段落です。外から部屋にもどると焼きそば弁当のにおいがまだしています。