夏休みのお楽しみをひとあしはやめにと一週間の北海道旅行に出かけています。六日目は積丹から支笏湖(しこつこ)へ向かいます。

八時からの朝ごはんにまにあうように起きて、銀輪郭の朝ごはんをいただきます。ゆうべのごはんに続いて、魚を中心にしたみごとなごはんです。ホッケ焼き、もずく、梅干し、卵焼き、おひたし、小エビの甘煮、生たらこ、それにふんだんなウニを朝からいただいていきます。ペロリと平らげてしまうと、食べ終わってしまったことが切なくなるほどに充実した食事の時間です。

朝の光をあびに外に出て、玄関の反対側にまわるとそこがちょうど部屋からみえるちいさな水際となっています。左手には岬がせり出して、法面工事がなければたちまち岩でも落ちてきそうな崖がみえます。右手には舟を発着させるための岸です。人工の岸の波打ち際にアオサギが立って水面をじっとうかがっています。それをぼうっとうかがいます。

部屋にもどってもうしばし窓からのおなじ景色を飽きずにたのしみます。じつに静かなことです。宿泊代の支払いを済ませて、もういちど静かな海を名残惜しむみたいに拝見させてもらってから、車をだします。女将さんからはおみやげにといってスケトウを干した自家製のものをいただきます。おみやげをいただけたのは実にうれしいことにして、水分が抜けたぶんだけ魚のニオイは増しているようにおもわれて、夏の車内のことなので、これから先車をしばらく空けてもどるといつも強烈なイカ臭さが鼻を刺すようになってしまうのでした。

出発してすぐ、神恵内の道の駅に寄ります。あんまりおおきな休憩所ではないながら、百円でインスタントコーヒーをだしているのをいただいて、ゆっくりやすんでいきます。パートナーが地産品を熱心にみているあいだ外のベンチで休んでいると、全身スーツで黄色とピンクに身を包んだふたりぐみと、彼らを撮影するためのカメラマンが駐車場のあちらがわにみえます。バンの後ろからミニバイクを二台おろして、それにまたがってそのへんをくるくる走っている様子を撮ったら、もう仕事はおわったみたいにバイクを降りてまたどこかに消えていきます。

もういちど車をすこしだけ走らせて兜千畳敷岩という奇岩をみにいきます。釣りの聖地であるようです。行き止まりになっているところまで車を進めて、かたわらの駐車場に駐めてながめにいってみます。熊が出た実績があるというので、なかばおそるおそるいけば、ガードレールを越えた坂の下のほうに磯がみえて、釣り人があちらこちらにみえます。磯まではおりずにおいて奇岩のある絶景をながめます。和歌山串本でみた磯をぼくは思い返しています。こういうところにライフジャケットをつけないで夜釣りにきて案の定に遭難するひともいるみたいとパートナーからおそわります。

海岸沿いの国道をさらに南に進んで、久しぶりにみえたセイコーマートで補給します。トイレを借りれば短冊に毛筆してある但し書きは「必づドアを閉めて下さい」となぜか旧仮名遣いで硬派です。よもぎ蒸しパンとチュロスとおやつにいただいていきます。

海岸をはなれて内陸へとはいっていきます。共和町とどことなくアメリカンな響きの町をとおります。ときおり助手席のパートナーによもぎ蒸しパンをちぎって口にはこんでもらいます。

倶知安(くっちゃん)を抜けて、羊蹄山のふもと、道の駅京極にいたります。到着したところで、まだ手を付けていなかったチュロスを食べると、日本で食べたチュロスのなかでこれがいちばんおいしいとパートナーの太鼓判が出ます。

お昼どきにはなりますが、道の駅の本館にあるレストランはお高めのジンギスカンを出すのがちょっと胃に重くおもわれて、そこよりも外にみえた露店のほうにいってみます。湧水を使った水出しアイスコーヒー、おおきなザンギ、それから牧場ソフトクリームを次々にいただきます。それでおなかは満足しました。

道の駅の背後、吊り橋を渡っていけばそこは湧水池になっています。露店で水筒を売っているのを買いたがらないで、自動販売機で買ったコーラを手洗い場に捨てて、そのペットボトルをぶら下げて水を汲みにいく若いカップルもみえます。ぼくたちもくだっていってみれば、水はおおいに噴き出して、苔むした岩場に滝のすごい景色です。池のうえにかかった歩道をわたります。おおいに賑わった水際にはいろんな外国語がきこえて、それでもいちばんの存在感があるのは水の湧く音です。水筒にぼくたちもひとつ湧き水を汲んでいきます。

京極を出れば恐ろしく見通しのいい真っ直ぐな道、そこで背後の大型トレーラーが加速してものすごい勢いでこちらを追い抜いていきます。こんなアグレッシブな大型車はみたことがないけど、これもはるか向こうまで対向車の不在をみわたせる北海道の道ならではの風情とおもわれます。

やがて支笏湖へとわれらを導いていく道は山へとはいっていき、ビューポイントと書いてある駐車場にアドリブではいってみると、そこはいま登ってきた真っ直ぐな山道の奥に羊蹄山を望むことのできる絶景の場所です。この時間は雲がかかりはじめて、山頂は隠れているのでした。とはいえ、それにしても山のふところはおおいなるものです。道路と駐車場を隔てる分離帯にはなぜか大葉やトマトや枝豆が生育しています。スピード違反を誘うまっすぐな道を車がとおればそれが残していく強風に野菜たちはかならずあおられるのが厳しい環境のようすながら、たくましく育っているのがいたいけです。

さらに山道をはいっていくと、ワインディングの数もだんだん増えていきます。空が湿っぽくなりはじめて、ワイパーも動かしながらいきます。こんどの北海道旅行ではじめての雨です。一時間ばかりのドライブをいくと支笏湖が左手にみえます。そこから半周ぐるりとまわって、湖畔のホテル「雨ノ日と夕やけ」に到着です。

ちいさな宿のことで、ちいさな駐車場にいちど頭から入庫したあと、やっぱり直そうといって狭い空間で前後反転させることができて、ひと安心です。降りるまえに「そういえば」といって、小樽の「ハシビロコウ」でおみやげに買ってあったカヌレをさみしくなりはじめた口にひとつ堪能させてから、チェックインです。若くシュッとしたホテルマンは独特な深い発声法の持ち主で、文の切れ目には逐一「こちら」と呼吸つないで間をあたえるのが個性的なスタイルで、慇懃に話を進めてくださいます。

六室しかないらしい優雅なホテルのひと部屋にお邪魔します。おおきな窓には雨にぬれた深い緑、そのかたわらのソファにかけて広々した空間をしばらくたのしみます。夕飯の時間までしばらくあります。背後にある本館ホテルの温泉を好きにつかって構わないときいて、それを浴びに二分ばかり歩いて、小雨をわたっていってみることにです。

ロビーの傘をお借りしていけば、あちらのホテルにつくなり「宿泊者様でございますね」といってふわふわのタオルを手渡していただきます。温泉のほうはヒノキの立派な浴槽がぬるりと肌をすべらせるお湯をたたえていて、いつまでもはいっていられそうな湯加減です。小雨の露天風呂も風情ゆたかながら、内湯のヒノキ風呂こそお気に入りとなって、パートナーと外で落ち合う約束をしていた時間のギリギリまであたたまります。待合室のソファにかけたなり彼女も湯上がりであらわれて「アイスがおいてあったね」というのでもういちど脱衣所にもどればたしかにアイスキャンディーがおいてあるので、ひとついただいてなめながら火照った身体を冷まします。雨のやんだ道を帰ってホテルの前でふたりの写真を撮ります。

ちいさなホテルの夕食はちいさな部屋で、さきほどの慇懃なホテルマンさんが配膳してくださいます。バゲットにコーンとチーズとアンチョビをのせたものからはじまります。ワインは注文することもできるけど、背後から好きにとってもいいようになっています。ふたりとも白ワインをいただきます。ソイのお刺身とアスパラのサラダ。焼きたての自家製ピザ。カブのポタージュにはおおきなアサリがもぐっています。カジキマグロとズッキーニのはいった和風パスタ。地豚のローストと豆のはいったリゾット。いずれも美味でたのしい食事の時間はたちまちすぎてしまいます。

デザートにジェラートがあります。が、それはいま食べてもいいし、あとでゆっくりロビーに取りにきてもいいですよ、というので、あとで食べることにして席をたちます。ロビーの木のベンチにかけると、クッションのあいだに九掛ける九の枠線が刻まれて、かたわらに将棋駒の箱があります。将棋盤になっているのでした。駒の動きかたをおしえながら六枚落ちで一局さしてみます。こちらの王を詰ませてくれるように導きながらおしえて参りましたといって終えて、二局目の代わりに将棋崩しを二番ほどあそびます。

そうしているあいだにさきほどきいた夜のジェラートタイムがはじまって、ロビーの端でホテルマンさんが控えてくださっているのにたのんで、いただいていきます。12種類のフレーバーがあるうち、ふたつまで選べますといって、ふたつずついただいていきます。ものめずらしさでトマト味と黒豆味を選びます。デザートをもって部屋にもどってたいらげたあと、十時にお店が閉まる前におかわりもらいにいってもいいかなといって、ふたりしていってもうふたつずついただきます。こんどは抹茶とチョコ、ラズベリーとマンゴーとします。食べたいだけのジェラートを食べました。

ワールドカップのハイライトをぼうっとながめたあと、ジャグジーつきのお風呂にはいりなおしていちにちの疲れをとって、あしたに備えておやすみとします。旅行の最後の夜とおもえばさみしい気もするけど、そういうことをおもうひまもなく眠りにつきます。