テレビ中継で高校野球をみる。

横手高校が秋田県大会を勝ち上がっているのをベスト8からみはじめて、県内の強豪校はみな敗退してしまっているから、もしかしたらチャンスがあるかもね、と家族で話していた。叔父も兄弟もみな横手高校に通っていた。曽祖父は第二期の卒業生だった。

決勝を勝ち抜いて甲子園にいくと決まった。57年ぶり二度目の出場だという。いちど出場があったことは知っていたけど、遠い昔のこととだけおもっていて、戦前の記録ではなかったことを意外におもうくらいだった。

組み合わせ抽選を待って、初戦は山の日の火曜日に組まれた。相手は福井の敦賀気比高校と決まった。

京都の弟がアルプス席をとってくれた。大阪行きの飛行機を手配した。お盆のチケットは往復で五万円もした。それでも一生にいちどあるかないかのこととおもって、応援しにいくことにした。

月曜日の夕方、仙台空港からの便に乗るはずのところ、その前の日から出はじめた咳を悪くしてしまった。出かけたあとに発熱しないとも限らないし、コロナでないとも限らない。飛行機に乗って出かけるのはあきらめた。

高かった航空券は運良く無料でキャンセルできた。台風15号がめずらしい経路で東から向かってきていた。航空会社が運休のリスクをあらかじめ説明して、払い戻しの特別措置を出してくれていたのだった。

山の日の朝8時からテレビ中継で試合をみる。一日あけても咳はまだ重くてくしゃみも出る。一晩やすめば直ると信じて出かけなかったのは悪くない選択だったと自分を納得させている。

初回、横手高校の佐藤宙斗投手は先頭打者を三振にとる。二番打者を四球で出して、盗塁を決められる。ツーアウトから、しぶといセンター返しが内野を抜けて、先制点を奪われる。

裏の攻撃は、先頭打者がヒットで出塁する。送りバントでランナーを二塁に進めたあと、二者凡退となる。

二回の守備、佐藤投手はテンポよく放って三者凡退にする。いい流れを作ったあと、その裏の攻撃も三者凡退とされる。投手戦になるかとみえる。

三回の守備、先頭打者をヒットで出す。バントの構えをする打者を前に、佐藤投手の牽制悪送球で無死二塁のピンチを作る。打ち取った当たりが三遊間を抜かれて一失点、内野ゴロのあいだにもう一失点。打ち取った一塁ゴロの送球が乱れてふたたびピンチが広がり、またも三遊間を運悪くを抜けた当たりを左翼が後逸する。気づけば三つのエラーが絡んで六失点目となる。

おなじ打ち取った当たりでも、敦賀気比高校の打球はふしぎと内野を抜けていき、横手高校の打球は好守備に阻まれる。運が悪くて噛み合わないようでもあるし、球際の練度に経験値があらわれているようでもある。

敦賀気比の辻投手は二年生ながら先発と四番打者の二刀流で、四回にはセンターの頭上を越える長打も打った。三打席目までに三安打を重ねている。横手高校がチャンスを作っても、打たせてとって要所を締めている。

横手の佐藤投手は五回までに百球を投げて九失点している。低めにコントロールしながらテンポいい投球をしているけど、守備との連携が噛み合わなくて苦しんでいる。県大会をほとんどひとりで投げ抜いて、全国大会でおおきな試練に直面しているようにみえたものだった。しかし五回の給水ブレイクのあとは立て直して、まだ体力が残っていたかという投球でアウトを重ねて、八回途中まで三振を十個うばった。

他方の敦賀気比は、四人の継投で優位に試合を進める。選手の層の違いをみせている。後半の横手はチャンスをいくつも作るが、要所で凡打を打たされて一点は遠い。十点差がついたあとでは、一点を返すことができるかどうかというところに勝負が演出される。その重い一点を返すことができなくて、横手高校は十点差の完封負けをする。

終わってみれば大敗のスコアとなるが、それは実力の差だったか? 浮き足立たない心臓の強さも実力のうち、と数えてやらなければ、攻守が噛み合わずに敗けることはよくあることだ。ドジャースだってボコボコにされることはある。

三回の守備で三失策を絡めて五失点したのは、運がなかった。長く苦しい守備をみまもるうち、ものごとがうまくいかなくなるほどに「それみたことか」と冷笑するいくつかの教師のあいまいな横顔が頭をよぎる気がした。あの学校の生徒のことだから、大人たちを喜ばせるための責任感がプレーを固くしてしまっていないかとおもうほどに胸が締めつけられた。大人にみせて評価してもらうための小賢しさ、もの聞きよく扱いやすい行儀のよさのことは、たのむからぜんぶ忘れてくれよ、とテレビ越しに祈っていた。

ただ、そんなことは余計なお世話であったようだ。失ったスコアは高くついたが、佐藤投手は百球を超えた後半から息を吹き返して好投していたし、失策の表示が三つより増えることもなかった。骨まで染み込んでしまえば美徳というよりない行儀のよさで27個目のアウトまで走りきったのを立派とおもう。

最終回にはまだ爽やかな笑顔が残っているかにみえたが、球場を去るときになって忘れていたかのように思い切り泣き崩れていることが、解き放たれてはじめてわかる重圧のことをよく物語っているようにみえた。