日曜日は高校の同級生の結婚式のため日帰りで東京にいく。

奄美のあたりで台風が長く二の足を踏んでいて、それに刺激された前線が本州全体に長く激しい雨を降らせるでしょう、と天気予報は数日前からいい続けていた。はたして関東は大雨で、新幹線の窓からみえる空はみるみる黒くなった。

四ツ谷駅でSくんと待ち合わせて、まだ祝儀袋かけてないからちょっと付き合ってといわれて、アトレのスターバックスにはいる。外はたしかに豪雨が打っている。アイスコーヒーをひとつたのめば、アルバイトの新人さんを先輩が教育する景色がある。こちらは急ぐ理由もないのでこれもまたおだやかに見守ってやる。Sくんが祝儀袋の慣れない作法に困惑するのを、こちらにもわずかしかない付け焼き刃の知識をおしえながらみまもる。

足下に水がしたたっているのがみえて、はてこれは先にいたひとの傘から漏れた雨水か? とのんきにはじめみていると、どうやらいまなおピチャピチャとしたたっている。でもどこから? と困惑するばかりのこと。手元のカップのほかに水源はない。はて…とおもって顎ヒゲに手をやればそこも濡れている。あ! といって、飲み口のしたから漏れたコーヒーが顎ヒゲをとおってしたたっているのは、アルバイトの新人さんがカップの蓋を密閉し損ねた代償と気がつく。ワイシャツにこぼれなかったおかげでなんとか笑って済ませられる話。

ホテルニューオータニまで徒歩12分とある。歩ける距離ではあるけれど豪雨のなかのことだ。タクシー乗り場にいこう、と四ツ谷駅から出ると、雨のなかに数組の列があり、これならすぐ来るねと楽観からはじめたものが、空車がまったくこなくてしびれる。アプリじゃないと捕まらないのよ、とSくんはいいながら配車をスマートに済ませてくれていて、それに乗ってホテルに着けば、もう十分もしないうちに式がはじまる。

待合室は濡れた肉体でムンムンいきりたっている。ほかに高校の同級生はみえるかな、と探したら、Kくんがいた。Kくんともうふたりは、中学校の同級生として呼ばれていた。Hくんの姿はみえなかった。チャペルの重い扉がひらいていざなわれていく。

ゆったりした白い衣装の女性たちがオルガン、オーボエ、チェロを演奏している。引退した野球選手でいまはコーチをしている、という印象がしぼみはじめた恰幅に備わっている聖職者があらわれて、キツいアメリカ英語でボソボソとうながせば重い扉がもういちどひらいて、まず新郎がひとり歩み出て、照れ隠しにニヤついてみせる顔が昔から変わらないのがわかる。続けて新婦とその両親があらわれて、父をして彼女をベールで覆わせしめる。宣誓、指輪の交換、署名、接吻などの儀式をみとどける。

隣の席で「笑っちゃだめなの正直しんどいわ」とSくんもニヤついている。聖職者は単語ごとにヘボン式の綴りが透けて聞こえる棒読みの日本語をアメリカ訛りのやりかたで発して、ほとんどなにをいっているのかわからない。日本語をおぼえる気がまったくないか、あるいは「ホンモノの白人が英語でなんかありがたいことをいうとる」という優雅な印象と雰囲気を極東のオーディエンスに与える職業のために自我を殺して演じきったか。いずれにしても、儀礼嫌いの新郎がそれを甘受していることに繊細なユーモアをみる。

チャペルを出た先の廊下で祝儀をお渡しして次の待合室に促されていけば、泡入りのカラフルなグラスがならんでいて、どれにしようかためらいながら黄色いやつをひとついただく。あまり奥まらないところにいて、席順の冊子をながめる。いきそびれていたお手洗いにいって戻ればわりあいすぐに促されて、芸能人のパーティみたいな大宴会場へ先頭ではいっていく。KくんとSくんのあいだにかけて、中学と高校の同級生というくくりで円卓をひとつ占めさせていただく。新郎のご両親にお久しぶりですと挨拶して、十五年前とはずいぶん変わった印象をあたえるに違いない顔をお見せする。

横手出身の縁だという元テレビアナウンサーの女性が司会役と自己紹介のあと着席をうながして、スポットライトに照らされながら新郎新婦はゆっくりあゆんで高座につく。ワインをすこしずつなめながら、ふたりの略歴が語られるのをきく。

大学の偉い先生が代表スピーチをして、新郎が四度まで留年した話を包み隠さず話せば、それがあたかも人生最大の汚点のように響いて、それよりも深刻な逸話などまるでなかったかのように総括しうるのが巧みだ。続いていくつかの肩書のひとつに相撲協会での地位さえ持つ立派な実業家の男性がスピーチするのを聞けば、新卒で就職した先で面倒をみた話などをとおして、ぼくにとっては空白とだけなっていた彼の経歴の穴が埋まっていく。

高校のときのことをおもいだせば、いくつかの痛い目をふたりでみた。プライド以外に利得もないのにいじわるな先生をむやみに敵にまわして、損しか残らないこともあった。脇を甘くすればかならずつけこまれるとおぼえて、現実主義を身につけられたのがぼくにとっての教育だったとして、おおむねおなじ場面でおなじミスをした彼のほうではあまり変わりもないような、油断癖を直さなくても周りのよき大人が尻拭いをしてくれるのに甘えているようで、甘えてかわいがられるのもひとつの素質に違いない。

末席に五人いたぼくたちのほかをみれば、彼の大学の同級生たちが何十人とこられている。みんながおなじ医学部の出で、話すかぎりみなお医者さまをやっておられる。女性志願者を減点して、よりできの悪い男子学生を選んで入学させる不祥事が大学にあったことを誰かが述べて、いまではあれが改善されているとして、いま受験すればきっとおれは受からない、と冗談めかして話しているのを聞けば、甘えて面倒をみてもらえることもまた、独特に閉鎖的な男の世界のことならばと、いくらか腑に落ちもする。

さきほどスピーチなさった先生のところへいっしょに挨拶しにいこう! と新郎の親父さんが変わりない活発さで誘ってくれたとき、ちょうど式の進行があってすぐには向かうことができなかった。やがて高座まで参賀していったとき、新郎が明かしていうには、この先生とわたしの父親が同級生だったらしい。どうりで挨拶なんて話になったわけだ、とガッテンして自分の席にもどり、イセエビ、アワビ、フォアグラなどあまりに豪華すぎる料理をいただいていたら、背後から肩を叩かれる。

アイツの息子なんだって? といって立っているのがその偉い先生なのだった。存じ上げませんでしたがそのようで、たいへんお世話になっております、と慌てて立ち上がる。アイツは元気にしてるか? とおっしゃるのにこたえて、秋田の家業はもうたたんで東京で暮らしていることをいうと、ご存じなかったようす。東京にいるならいってくれればいいのに…連絡も取れないし、同窓会にもこないからどうしてるかってみんな心配してるんだ。顔くらい出しにこいって伝えてやってくれ、と拝命して、名刺をたまわる。ところで、とほがらかにおっしゃる。君はお父さんの若いころによく似ているよ。

久しく乱心してこちらから逆向きの勘当をしたような父親との関係のことなら、もちろん黙っておいた。愛想を尽かして次々に離れていく家族のことを罵るよりも、自分の趣味なり友だちでも作って、相応に平穏な生活をしてくれればそれだけでいいのに…とみながかねがねおもっているときに、一方的に連絡を絶っていると知らされてふしぎはなかった。

しかし情けなかった学生がこの日とうとう結婚して一人前になるのをこの先生はついに見届けた、というのとおなじように、情けないわが父のことをかわいがって励ましてくれるひとがこの世にいるとしたら、この先生がたしかにそうであるに違いない。わざわざ連絡を絶ったことも知らなければその理由を知ろうとも思わないが、同級生の集まりがあるなら顔くらい出してやればいい。説教してやるのも気はひけるが、心配をかけているのはどうやら本当のことだから、連絡さしあげるように伝えて名刺を送るくらいのことならしてやらねばと覚悟する。

披露宴のほうはというと、横手市出身の高橋絵理さんが、小埜寺美樹さんのピアノ伴奏でおそるべきソプラノの生歌をお聴かせくださった。横手であったリサイタルに新郎の親父さんが顔を出して、なんらかの伝手によって招待したらしい。そういえばジャズマニアの親父さんなのだったとおもいだして、あとで音楽の話もしたいなと夢想したけれど、それは叶わなかった。

友人代表が一名ずつお手紙を読みあげ(新婦のお友だちは読みはじめる先から号泣なさっていた)、新婦はおばあさんに宛てて手紙を読みあげた。新郎の親父さんが挨拶をして、新郎がスピーチをした。上席に占めて見るからに実業家らしいあの恰幅のいいひとは誰だろうとはじめからおもっていた相手が、神保町のラーメン屋さんの店長とわかる。この店長に「だらだらしてんな、覚悟決めて結婚しろ」と喝をもらって結婚式を挙げたことを話した。

披露宴全体を通して中学と高校の話は語られることなく、大学から先の話が終始だいじに語られた。これこそが彼のいまいる世界、これからもそこではたらき暮らす世界のどまんなかであることが判然とすれば、わずかなさみしさこそあっても、この十年で二回しか会っていないようなぼくのことを、いまでは遠くなった友人とよそよそしくしないで、わざわざ招待してくれたことをありがたいとおもう。

二次会はホテルの背後にあるイタリアンバルが会場で、Sくんと傘をさして歩いて向かう。タクシー乗り場はごった返していた。披露宴で泡ワイン、白ワイン、赤ワイン、瓶ビールをたらふくチャンポンしたあとのことで、二次会とはいっても体力は底をついて、烏龍茶だけ飲んで済ませた。二次会からきた何人かの悪友は、披露宴に呼ぼうとしたら母親が顔もみたくないと激怒したらしい。職業は? ときかれるたびに陶芸家とこたえて「ああ、どうりでそんな立派なおヒゲなんですね…」と納得しかけたところで種明かしをしてみせる芸で、何人かと打ち解けた。

まだ残るひとはカラオケにいきましょうといって散り散りになる。もちろんぼくは帰りの新幹線のために去る。Sくんは二次会でもハイボールのグラスを重ねて酔いがまわっていたようだ。はじめてきく意外なようで意外でもないような、その気まずい情景がありありと浮かぶようなうまい話をひとつふたつきかせてくれた。

赤坂見附の駅で、こちらは池袋行き、あちらは荻窪行きへと分かれたら、なぜかおなじ電車にSくんの姿もみえて、向き間違えたやばい、といって国会議事堂前でほんとうに分かれた。カラオケにはいかなくて正解だったとおもう。

丸の内の丸善書店で汗をふきふき本棚をながめて、講談社文芸文庫と講談社学術文庫から一冊ずつ選んで自分のための東京みやげにする。